君は世界に一人だけ

君は世界に一人だけ

感じたことと考えたこと

もう誰も幸せにしなくていい

どうも夢見のはげしい性質らしく、見聞きしたことごとを、その夜、夢に見る。

ライブに行けば当のミュージシャンと喋るし、K-POPのPVを見ればアイドルが出てくる。幻想的・創造的な夢はほとんど見ない。実際的というか、とてもリアル(ミュージシャンやアイドルと喋るのが実際的なわけないんだけど)。
脳の構造が、よっぽど単純にできているのだと思う。

先日は、10年前に好きだったK-POPのアイドル(モモ君・仮名)が夢にあらわれた。

アイドルとの邂逅の舞台は実家であるケースが多い。夢だから、もちろん疑問にも思わない。

実家の脱衣所で、グループのうち4・5人ほどが足を投げだしぺちゃくちゃしゃべっている。脱衣所は収容人数にあわせて、10倍ほどの広さに拡張されていた。

わたしは洗面台に腰かけており、隣にはモモ君が座っていた。洗面所に腰かけたことは生涯で一度もないし足も届かないのだけど、夢だから気にならない。

ご一行は、次のライブ会場へ行くまでのつなぎとして、わが家の脱衣所でしばしの休憩をとっているらしかった。
わたしはおしゃべりに加わらず、またモモ君に話しかけもせず、にこにこしたまま存在感を消していた。なぜなら、わたしがこの場にいることが知られてしまったら、この会はお開きになると察知していたから。

存在感を消したまま、わたしはこっそりと幸福をかみしめていた。仲間にくわわれずとも、モモ君のそばにいられること、この場の空気として存在していられることが幸福だった。

しばらくして、一人またひとりと腰を上げはじめる。次の会場へ発つ時間がきたのだ。わたしはモモ君に、どうしても言わなくちゃいけないことがある気がして、「モモ君」と話しかけた。顔を振りむかせて、何も言わずにモモ君はわたしを見た。

い。
喉がつまって、その先を言えない。わたし自身、何を言いたいのかわからない。ただ勝手に、喉から声が出る。
「い、い」とくり返すわたしを、モモ君の小さな目がじっと見ていた。

い、生きとってくれて、ありがとう。
そう言ったあとで、これこそがわたしの言いたかったことだと理解した。きみの言いたいことはわかってる、というふうにモモ君は目をほそめて、小さくうなずいた。

目が覚めて、首をひねった。
どうして今ごろモモ君の夢を見たのか、どうしてあんなことを言ったのか、ぜんぜんわからなかった。

布団から抜けだし、便器に座って考えているうち、はっと思いだした。
前日、あるK-POPアイドルのニュースを知ったこと。アイドルその人の名前も、グループ名も知らなかったのに、強い衝撃を受けて泣いたこと。

死なないでほしい。ニュースの衝撃で、それ以外の気持ちがなくなった。わたしの好きなアイドルの、いままで傷ついたことなんて一度もありませんみたいな顔を貼りつけて生きる方を選択しつづけてくれた事実が、実際は相当にあやうい奇跡だったと、はじめて気づいた。

いや、はじめてじゃない。なんだか、ふっと消えちゃいそうだった。どんなに辛くても絶対に表に出したくないとか、自分よりも他人を幸せにする人でありたいとか、そんなことをいつだってくり返すから。

死なないでほしい。もう誰も幸せになんかしなくていい。アイドルに疲れたら、銀行に預けっぱなしのお金を全額引きだして南米に飛んで海の近くでスポーツバー開いて見る影もないくらいぶくぶく太ってもじゃもじゃになってじゃんじゃん恋をしていっぱい子どもつくって50人くらいの孫に囲まれて未来永劫幸せに暮らしてほしい。

トイレの壁に貼った世界地図の南米あたりを見ながら、そんな夢を見る。10年前、ライブ中にぼおおっとするモモ君にがっかりした(ファンは「かわいいから、いい」との由)ものだけれど、ようやく折り合いをつけられた。どうでもいい、そんなこと。
生きていてくれるなら、何がどうだってかまわない。こっちが勝手に夢を見て、幸せになるから。