若いともだちができました。
と、思っていました。少し前まで。どうも、失敗しちゃったみたいです。
ハラダさんとの出会いは、アパレル関係の撮影現場でした(こざかしく聞こえるけどただの肉体労働です)。
撮影の日はいつもひとりであたふたしているのですが、その日は助っ人をアサインしていました。オンラインミーティングで事前に顔合わせはしていたものの、会ってみるとアイドルみたいにかわいい女の子でした。
撮影現場ははじめてらしく、少し緊張しているようです。すわっていいのか、立っていたほうがいいのかもわからない、といった感じ。
軽い世間話でなごませようと、何度となく話しかけようとしました。そのたびに、なんとなく気おくれして、声をかけられなかった。
わたしは40代で、へたすれば先方のお母さまと同年代です。「おしゃべりずきな年増やな」と引かれるのがいやでした。としをとると人は疑心暗鬼になるみたいです。
だまってモデルさんの着替え待ちをしているときでした。テーブルに置いてあるわたしの社用スマートフォンの画面が、ぱっと明るくなりました。
かがやく待受け画面には、K-POPグループがどーんとうつっています。よりにもよってハラダさんに、ばっちり見られてしまいました。実生活でK-POPのけの字も出さないかっこつけ野郎のわたしにとって、それは失態でした(なのに待受けに設定しちゃうっていうね)。
とどこおりなくスタジオ撮影が終わり、ロケ撮影の現場へ移動となりました。ハラダさんは最後尾で、荷物を持ってついてきています。話してみたかったけれど、K-POPずきの年増と思われたからには、ますます声をかけられません。わたしは自意識が過剰にできているのです。
するとハラダさんが、隣にすっと並んできました。「タチバナさん。あの、さっきのって、誰・・・ですか?」
びっくりしました。それ以上にうれしくて、「え、え、それ聞いちゃいます?」といそいそ社用スマホを取りだす現金なわたし。複雑な精神をもっている、と自分では思っているのですが、現実は虫のように単純です。
わたしたちは意気投合して、ロケ現場への行き帰りで、たくさんおしゃべりをしました。ハラダさんは、別のK-POPグループのファン、それもファン歴10年以上の古参でした。ハラダさんの好きなグループをわたしも知っているので、話はつきません。どれだけしゃべっても、しゃべり足りませんでした。
解散となったとき、ほんとうはお茶に誘いたかった。でもそんなこと、できるわけありません。なんたって先方とは20歳も違うのです。「年増になつかれた」とか思われたら最悪です。連絡先も聞かず、クールに別れました。
ハラダさんとは、それからも仕事がらみで月一回、顔を合わせました。仕事のあと、改札口で軽い立ち話をするのが、わたしのひそかな楽しみになりました。
K-POP話ができる、というのはわりとどうでもよくて、ハラダさんと話をすること自体が、楽しかった。ハラダさんの考え方や価値観をもっと知りたくて、いつも気を急くようにしてしゃべりました。そして別れたあとでいつも「あんなこと言うんじゃなかった」「違う意味に受け取られたかもしれない」とくよくよしました。楽しさと後悔の両面を、いつも感じていたように思います。
立ち話だけの関係が、半年続きました。一回でいいから、お茶でもうどんでもいいから、改札でない場所でゆっくり話したいもんだ。ずっとそう思いながら、一度も誘えませんでした。
脈がなかったわけじゃないんです。ハラダさんの送別会で、わたしの名前を小さく呼び、手招いて隣にすわるよう訴えた目は、真剣そのものでした。わたしはクールなふうを装っていたけれど、内心舞い上がりきっていました。すくなくとも、このメンバーの中でもっとも好意を持たれているのはわたしだと、これではっきりしたわけですから。
なのに、改札までの道中でも、改札に着いても、肝心なことは何も言えませんでした。傷つきたくなかったし、のちに傷つく可能性もつくりたくなかったからです。中坊のメンタルです。
そろそろ、という雰囲気になったとき、ハラダさんがそっと言いました。
「あの、これからどうやってタチバナさんに連絡したらいいですか」
たまげました。階段があったら転げ落ちるところです。地下鉄なのに、ぱぁーと光が天から降りそそぐかのようでした。
若いともだちができた、と思いました。だって、うちに来てくれる約束、したんだもの。うちに来てくれたら、もう、ともだちって言っていいよね?
半月後、ハラダさんがうちに遊びに来てくれました。
朝から緊張して、掃除はもちろん、窓は存在感がなくなるくらい磨きました。作り慣れた感を演出するため、出す料理は入念に練習しました。
どうして失敗してしまったのか、いまもわかりません。
緊張なのか何なのか、話したいことが、ほとんど話せなかった。空回りしているのが、自分でもわかりました。
気持ちを盛り立てようとワインを4杯も飲んだのに、ぜんぜん酔えない。短い立ち話のときは、ほとんど矢継ぎ早に言葉は出てきたのに、話したいことはたくさんあったのに、その半分も出てこない。
相手との距離を縮めたり、仲を深めたりといった手ごたえを感じられないまま、矢のように時間は過ぎていきました。
家に来たから、もう、ともだち。
そんなわけないのに、そうなれるって期待してたんだな。ハラダさんが帰ったあと、食器を洗いながらそう思いました。
ハラダさんのことが好きだったから、好かれたかった。でも何をどうすれば好かれるのかわからずに、時間ばっかり過ぎて。
好きなだけじゃ、うまくいかないですね。お礼のメールは二度もらったけど、二回目は、もうないかもしれません。
人と人が仲を深めていくというのは、なんてむつかしいんでしょう。いつからこんなにむつかしくなっちゃったんだろう。それとも最初からむつかしかったのかな。単に気づかなかっただけで。