君は世界に一人だけ

君は世界に一人だけ

感じたことと考えたこと

もう恋なんてしない2021

人生というものはほんとうになにが起こるかわかったもんじゃない、という経験をしたので書き残しておきたいと思います。

きっかけは軽々しい再生

その夜、わたしは録画番組をかたっぱしから消去していた。

近ごろはテレビを観る余裕がない。余裕がないというか、優先順位が著しく低くなった。

消去ボタンを押す指を止めたのは、そのK-POPグループに興味があったからじゃない。

夫から聞いたことのあるグループ名、それだけ。彼のかわりに見てあげれば、会話のきっかけになるかもしれない。……

そんな軽々しい気持ちで再生ボタンを押したのが、そもそもの間違いだった。

なかったことにしよう

K-POP

K-POPグループは雨後の筍状態で、新参が毎秒生まれている。どのグループも同じにみえるし、どの曲も同じにきこえる。

画面に映る彼らも、いかにもK-POP的だった。正直、そういうのを観ている自分をだれにも知られたくないと感じるくらい、言い逃れできないくらいにK-POPだった。

もういいやと消去ボタンを押そうとしたとき、グループのなかにヒトでないものがまじっているのに気づいた。

彫刻かCGか、よくわからないものが、グループにまじってすわっている。

なにあれ?

ヒトならざるものが、なにやらにこにこしている。それをじっと見て、やがてあるひとつの答えにたどりつく。
なるほどあれがプラトンのいう美のイデアかと。

……。

いや冗談やめろよ、なにが美のイデアだと我にかえる。
ほとんどこどもじゃんか、冗談じゃない、こういう撃ち抜かれかたは過去に数えるほどしかないからわかる、これはやばい。

再生を止めて、「なかったことにしよう」と自分を納得させた。

もちろんそれでなかったことにできるわけがなかった。

"攻撃的な楽曲"

「で? 好きになっちゃったの?」

事の次第を黙って聞いていた夫は、興味もなさそうに言った。

「そんなわけないじゃん。いいからとにかく見て。それで、お前の意見を聞かせて」

平日の朝っぱらからなにやってるんだろうと自分でも思うけれど、一刻も早く夫にくだんの番組を観せたかった。そして彼の辛口コメントに納得して、さっさと終わらせたかった。

「うーん、普通。オレに魅力がわかんないだけだと思うけど」

さすが、いい意見の述べかただなと思った。

「でもまあ、いんじゃない? 好きになっても」

なに言ってやがる。

「好きになるわけないじゃん。K-POPはもうこりごりなんだから……。どうせ曲だって、よくある系のやつでしょ」
「いや。まだ若いから、けっこう攻撃的な楽曲だよ」

"攻撃的"。

「ほんとに?」
「聴いてから判断すれば?」

そうする、と答えたものの、曲を聴くのはためらわれた。
万が一わたし好みだったらと思うと、怖くて聴けなかった。

はい終了できない

彼らのアルバムを再生したときのおどろきは忘れられない。

夫が"攻撃的"と評した楽曲は、完全無欠のオラオラ系だった。
まさかの「ドHIPHOP」。攻撃的って、なに、こういうこと?

HIPHOPに用はない。ああよかった、はい終了、と思ったのに、はい終了できなかった。

HIPHOPなんか」で片付けるのは自分の思考停止をみとめるようなものだと、もうひとりの自分が反論しはじめたのである。

一発聴きで決めつけるのはよくない。NOならNOで、真剣に聴いたうえでNO判定するべきだ。

そうしてアルバムを聴きなおしたら、なかなか悪くなかった。

抑揚の抑えられたメロディー。野太いラップ。複雑な構成。
悪いどころか、むしろ中毒性の高い楽曲が多い。

K-POPっぽくないね」通りすがりに夫が言う。
わたしもそう思う。

ティンクル・ボイスの幻想

くだんの番組を、もういちど頭から再生する。

この時点で、相当にコントロールがきかなくなっていた。どうしてだか自分でもわからないのだけど、イケメンから目が離せない。

彼が笑う。八重歯がちらりとのぞく。
なぜわたしが惚れる男にはかならず八重歯が生えているんだろう。

そして曲のパフォーマンス中、おどろくべき事実を目の当たりにする。

例の彼にたいし「透き通りすぎて聴こえません」レベルのティンクルボーカルを期待していたら、なんとラッパーであった。

ショックだった。ボーカルでないと考えもしなかった。

それでも彼を目で追ってしまう。
見切れていても、他のメンバーに隠れていても、目と意識はひとりを追い続ける。まだ彼の名前もしらないのに。

土手っ腹に風穴

迷いに迷って、公式Webサイトをチェックした。

プロフィールの写真と、名前と、生まれ年に動揺する。何か胸が痛い。知りたくなかった。

最新情報のリンクをクリックすると、YouTubeにとばされた。

このときのおどろきは、これまでの衝撃をはるかにしのぐものだった。

イケメンがどえらい服を着ている。あれは男性の服のデザインなんだろうか。あんなものすごい服がどこで売られてるんだろう。
なんというか、もう完全にSMである。近ごろのK-POPの風紀はいったいどうなっているのだ。

パフォーマンスがどうとか、歌とか、まったく頭に入ってこない。「撃ち抜かれました」どころか、「土手っ腹に風穴が空きました」的衝撃だった。

YouTubeを観終わるころには、自分の「カッコいい」「すき」の基準がどこにあるのか、さっぱりわからなくなっていた。

ギャップしかない

どえらい服を見て以降、脈絡なくあのイケメンを思い出す時間が爆発的に増えていった。
危険水域は目前だった。もうひと押しでわたしは死ぬ。

K-POP
あの底なし沼に落ちたら、ようやく取り戻したささやかな人生がこっぱみじんになる。動画やら画像やらをもとめてエイリアン化する芽を、自分に植えつけたくない。

おまえのせいだ。
4日ぶりに会った夫に、一冊の音楽雑誌を突き出した。

そもそもこいつの口からグループ名を聞きさえしなければ、こうはならなかった。すべての元凶はこの男なのだ。

「終わったな」

雑誌の表紙を見て、彼は静かにつぶやいた。

「終わってない」わたしは即座に反論した。

「ぜんぜん終わってない。ていうか始まってもない、なに言ってんのバカじゃないの」
「始まってはいるでしょ、なにその雑誌」
「これはだから、検索するかわりに買ったんだって……。メルカリで400円だったし……」

引き返すにしろ、ある程度知ったうえでNO判定をくだすべきだ。彼らの内実をなにも知らないで「そのへんによくいるK-POP」よばわりするわけにはいかない。

ネットは危険に満ちている。いまどき情報は中古雑誌から手に入れるべきである。

「それで? 記事読んで好きになったって?」

記事を読んで、わたしはおどろきを隠せなかった。
まずもってイケメンのインタビューのつまらなさがずば抜けている。

天然だと思ってたのに、リーダーが翻訳しないとなに言ってるかわかんないレベルのド天然だと思ってたのに、優良回答しかできない「出木杉君」だった。

「天然はあなたの勝手な思い込みでしょうが」夫が言う。

そうなのだ。彼は、ことごとく予想とかけ離れている。

ティンクル系メインボーカルのド天然のはずが、デスボイス系ラッパーの出木杉君だなんて。

ひどいギャップだ。
そして人はギャップに弱い。

つばぜり合い'21

もう十分、恋はした。

わたしのイケメンは世界に何人もいらない。イケメンという理由だけでほいほい堕ちてたまるかと思う。

どうせ3ヶ月後には忘れる、そう確信する一方で、冗談でもイケメンの名前を口にできない逼迫したこの現状をどう釈明すればいいのか。

なぜアルバムを毎日パワーリピートしているのか。なぜ彼のラップを聴くと胸が跳ね、腹が重くなるのか。

自分で自分がわからない。

理性と感情のつばぜり合いが続きそうな、令和3年の師走でございます。

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