君は世界に一人だけ

君は世界に一人だけ

感じたことと考えたこと

体が反応するだけ

あるK-POPグループのイケメンを、好いている。

いまさら年若いK-POPアイドルにお熱だなんて、たいそう恥ずかしい。

いやでも、SNSみてないし。グッズあんま買ってないし。壁に写真、貼ってるだけだし。

べたべた貼りつけた写真にぽーっとなるたび、そんな言い訳をくり出しては恥じいるのだけれど、しばらくするとまたぽーっとしてしまう。よくまあ飽きないものだなと、自分でも感心する。

そうはいっても、ぽーっとしてばかりはいられない。きりきりまいの毎日だもの。欲しがらず、つかずはなれずのほどよい距離を保ち、都合のいいときにだけぽーっとする。これが肝要、といましめてきた。

相手がお隣の国であれこれしている時期は、いい。イベントをやろうがテレビに出ようが、知ったことではない。

困るのは、日本対応期だ。日本での露出がにわかに増えると、とても余裕をこいていられなくなる。出演番組を録画し、雑誌を予約する。ちょっと、必死めいてくる。

いつぞやは、コンビニとコラボレーション企画まで実施された。コンビニの特定商品を購入すると、好きなメンバーのグッズをもらえる、というおおばんぶるまいである。

「ぜんぜん欲しくないもんね」
口いっぱいに白飯をくちゃくちゃやりながら、わたしは夫に向かって宣言した。欲しくない、と口に出すと、気分がよかった。
「まったく欲しくない。グッズなんてね、そんな子どもだましに引っかかんないんだから」
できるだけクールなふうをよそおって、言った。クールぶりを証明して、褒められたかった。
「後悔するんじゃないの」
夫は口のものを飲み下して、言った。食事を上品にとる相手に、ちょっとむっとした。
「しないね。だいたい何に使うの、グッズとか言って。あほらし」
白飯をさらにかきこみながら、わたしは早口に言った。
「あほらしいとは思わないけど」と夫は言った。「まあ、どっちでもいいんじゃない。後悔しないんなら」

用向きがあって、近所のコンビニへ行った。コラボレーション企画開始から、二日が経っていた。そういえば、と思い出し、何気なくグッズを探したのが運のつきであった。

グッズはなかなか見つからなかった。店内を二周して、什器のすみに雑に下げられているのをようやく見つけた。
コンビニのスタッフにとって、というより、ファン以外のひとにはゴミであるらしかった。

気をとりなおして、イケメンを探す。ない。わがイケメンのグッズだけが、ない。
まさかと思い、一つ一つていねいにチェックする。やはり、ない。

どんなのだか、見るだけ。そういいきかせて、足早にべつのコンビニへいそぐ。
ない。
見落としてるんじゃないかと思って、きっちり三度、見た。でも、ない。

駅前のコンビニまで足をのばす。ない。踏切を越えたコンビニ。ない。もうちょっと足をのばして。ない。
どこにも、ない。
わずか二日で、イケメンは消えてしまった。

「だから言ったじゃん、後悔するよって」
夫はいつもこんな言いかたをする。ほら、俺の言ったとおりじゃん。わたしはそれが気に入らない。
欲しいなんて、言ってないじゃん。ぶつぶつ言い返す。
「つべこべ言ってないで、素直に行っとけばよかったのにさ」
気に入らないけれど、夫の言うとおりだった。わたしは自分でもびっくりするくらい後悔し、落ち込んでいた。
たかがグッズ。ばかにした自分が、うらめしかった。

翌日、六本木に用向きがあった。ちょっと確認するだけ、と六本木駅近くのコンビニへ行く。ない。次のコンビニ、そのまた次と、六本木じゅうのコンビニをはしごする。だんだん血眼になってくる。六本木界隈をのしのし歩きまわり、ただのひとつも見つけられなかった。

疲れはて、電車の座席にのけぞるようにもたれかかった。
ほかのメンバーのグッズは、ある。一部のメンバーは、かわいそうなくらい、ほとんど手つかずで残っている。イケメンのだけが、ない。そんなもの最初からなかったみたいに。
ただでもらえるグッズを本気で欲しいと思っているわけじゃ、ない。でも、手に入らないと思うと、どうしても欲しくなる。

数年前にも、ある廃盤のティーカップがどうしても欲しくなり、eBayやら世界中のオンラインショップやらを血眼になって探した。見つけたら英文でメールを送りつけ、そのたびに「海外には配送いたしておりません」とそっけない返事をもらった。それでもあきらめきれなくて、代理で購入してくれる現地の業者を探したりした。

どうにも執着心が強い性質である。だけど、そんな性質とは、くだらない必死さとは、とうに縁切りしたはずだった。

改札をくぐって階段をとぼとぼ降りると、バスロータリーが見えた。バスが何台か、停まっている。
あ、と思った。駅に近いから、だめなんじゃないの。もっと郊外のほうに行けば、もしかしたら。

これで絶対最後。自分にいいきかせて、いまにも出発しそうなバスに乗り込んだ。
バスは郊外へ向かってぐんぐん走る。見慣れぬ景色に、こころぼそくなる。なんだか、ものすごく間違ったことをしている気分になる。
わたしはいったい、彼のなにがよくてこれほど必死になっているんだろう。ラップもダンスも、彼よりうまいひとはいくらでもいるのに。

前方に、めあての看板が見える。たまらず降車ブザーを押す。やたら駐車場の広いコンビニに、ゆっくりと歩いていく。絶対ない、あるわけない。ショックから心を守るために、念じる。
すると、あった。それも、三つ。
息がとまるかと思った。冗談でなしに手が震えた。

三イケメンを大事にかかえて、レジへ行く。若い男の子がつまらなさそうにレジを打つ。小銭を払う。うっかり熱いお礼を言いだしそうになるのを、こらえる。

バスで来た道を、せかせかと歩く。わきに汗をかいている。歩きながら、「ほんとうに間違いないかな」と不安になって、バッグの中をたしかめる。目を細めて笑うイケメンに、マスクの中で思わずにっこりする。

鼻歌をうたうかわりに、Spotifyを再生する。彼のラップを聴くといつも、お腹の奥あたりがぐっと重くなる。どうして惹かれるかなんてわからない。ただ体が反応するだけだ。

ひとつわかったことがある。きっかけさえあれば、わたしは執着心をむきだしにして必死に走りまわる。いつまでも学習しないで。

いつかまた、血眼になって何かを探しまわる日がくるかもしれない。それでもいい。まったく揺らがないというのも、なんだかつまらない。

血眼になったり、心臓がちぎれそうなほどどきどきしたりするのも、たまにはいいものだ。
たぶん。