君は世界に一人だけ

君は世界に一人だけ

感じたことと考えたこと

すてきな夢をみてる

これ、あげる。

いま思いだしたというふうに、チャコはテーブルの上に包みを置いた。包みには、ディズニーのキャラクターが大きくプリントされていた。

ふくらみの感じで予想はついたけれど、やっぱりディズニーキャラクターのぬいぐるみキーホルダーだった。

あんたがそういうの、好きじゃないって知ってるけどさ。

わたしの表情をうかがうように、チャコが言う。
そんなことないよー。
ミッキーマウスの彼女をつつきながら、笑って首をふる。名前、なんだっけと思ったけれど、それは言わずにうれしい、ありがと、と答えた。

 

チャコとは、十年前にTwitterで知り合った。

はじめて会ったとき、チャコは挨拶もなしにわたしを抱きしめた。当たり前みたいに、千年ぶりに会った恋人みたいに。あんたに会いたかった、そのためにドームのチケット、必死で取ったんだから。チャコは涙声でそう言って、いつまでも離さなかった。

あるK-POPグループが好きで、だけど実はちょっと冷めていたチャコは、ドームに一回行っただけで「もういいや」とさっさと違うグループに乗りかえた。ふつうは、好きなグループが変わると、それまでの友情も終わってしまう。でも、ふたりの縁が途切れることはなかった。チャコがグループを鞍替えしても、わたしがK-POPから離れても、十年間、連絡を取りあった。

 

チャコはなにも言わずに、しばらくミッキーマウスの彼女をじっと見ていた。

言葉が足りなかったのにやっと気づいて、「ディズニーランド行ったんだ」と聞いた。いつもわたしは言わんでいい余計なことをべらべらとしゃべって自己嫌悪におちいる。だから舞い上がらないように、傷つけないように、慎重になりすぎていた。

うん、まあ。チャコは中途半端に答えた。
それからなにを聞いても、チャコはぼんやりしていた。

 

知り合いの小さな女の子が、引きだしのキーホルダーを見つけて「ミニーちゃん」とつぶやいたとき、何も考えずに「あげよっか?」と言っていた。引きだしに押しこめられているより、そういうのが好きな子のところにいるほうが幸せと、そう考えて。

でもほんとうは、罪悪感を持ちたくなかった。友だちの心遣いに喜べなかったことを、引き出しを開けるたびに思い出したくなかった。

しばらくして電話でチャコと話したとき、「知り合いの女の子に取られた」と話を盛った。

そうなんだ。ま、しょうがないよね。チャコが明るく笑ったから、わたしも、ごめんねー、なんて言って、笑った。


一ヶ月くらい経った日の夕方、チャコから電話がかかってきた。「なんとなくかけた」と言うわりには、どうでもいい話の間もずっと、うわのそらだった。

しばらくして「この前のキーホルダーさ」とチャコが切りだした。唐突だったし、さりげないふうを装っているのにおどろいて、一瞬なんのことだかわからなかった。

あれね、ミッキーとミニーのおそろいで持ってると、永遠に結ばれるって、まあ、ジンクスがあんのよ。で、このまえ家族でランドに行ったとき、あれをランドじゅう探しまくってさ。なにしろ限定品だからどっこにもなくて、もう半泣きよ。家族もアトラクションもほったらかしてさ、もう大ブーイングさ。何しにランド来たんだって。それでも諦めらんなくて、泣きながら探しまくって、ようやく見つけたってわけ。いやー泣いたね。もう泣いてたけど。

ごめん。わがままなんだ、あたしの。どうしてもあんたに、持っておいてほしくてさ。

 

ミニーのキーホルダーを、わたしはすぐさま取り戻した。取り戻して、バッグにつけるでも部屋に吊るすでもなく、また浅い引きだしに押しこんだ。

あれから一度も、チャコはミニーの話を持ちださなかった。ふれてはいけないわけじゃないけど、ふれられない。お互いにそうしたもの、恥とか照れとか後悔がごちゃまぜになったものが、多かったように思う。

どちらもごまかしてばっかでうまく言えなかったけど、大事な友だちだった。ほとんど唯一の友だちだった。「あなたの友だちは誰ですか?」と聞かれたら、お互いの名前をまっさきにあげるような、そんな友だちだと思っていた。

 

そしたらチャコが死んだ。
正確には、去年の夏に死んでいた。

まぬけなハガキを出したら、封書が届いた。がんが再発して、亡くなりました。差出人の苗字だけを見てうきうきで開封したら、角ばった字で、そう書かれてあった。

なにも知らなかった。がんを患っていたことも。余命も。

チャコからの最後のメールは、あるK-POPグループの布教だった。べたべた貼られたYouTubeの動画を、わたしはひとつも再生せずに「ごめんけど興味なしやわ」と返していた。

メールをていねいに読みかえすと、当時すでに再発していたことが、行間から読みとれた。でもそのときには、気づけなかった。「Kぽの推しが150人」とか言うから、ものすごいいきおいでK-POPグループを布教してくるものだから、めんどくさいなあと思っただけだった。

わたしのビデオチャットの誘いを、妙ないいわけでかわしていたのは病室にいたからだったと、ようやく気づいた。K-POPグループをしつこく布教したのは、最後に、わたしと夢の中にいたかったからだ。

ミニーのキーホルダーを、引きだしの奥からひっぱりだす。
無理におしこんでいたものだから、ちょこんとつきでた鼻が、まがっている。ぐいぐいおしこんでも、なおらない。

あきらめて、鼻のまがったミニーを、机の真ん中にぽんと置く。人差し指で、頭をなでる。チャコ。言おうとしたら、のどがつまって、へんな声が出た。

小さなミニーは目をつむって、ほほえんでいる。すてきな夢をみてるみたいに、うまれたてみたいに、いつまでもきれいな顔をしている。