思い込みというものはおそろしいもので、夜なかに出歩いて「人がいる」と思ったら駐車禁止の立て札だったりするのはしょっちゅうで、自分で自分が恥ずかしい。
先日行ったマティス展でも、思い込みに気づいて情けない気持ちになりました。
マティス、ごぞんじですか。わたしもよく知りません。知らないけど、大きなポスターを十数年前に買いました。イデーという都会的なインテリアショップで、今も売っているものです。
【定番品】アンリ・マティス 「低木」ナチュラルフレーム|ポスター|IDEE SHOP Online
画家の名前さえ知らない貧乏性のわたしがなぜ3万円もするポスターを買ったかというと、当時、北欧系おしゃれ部屋のほとんどすべてにこの絵が飾ってあったからです。この絵さえあれば、部屋は完璧におしゃれになる。そう信じて疑いませんでした。
おしゃれとか以前に、あんなでかいもの、賃貸の壁に飾れません。壁に飾れないとなると純粋に邪魔です。今や廊下のわきで埃まみれです。それがわたしの知る唯一のマティス。
マティス展では「ブルーヌード」「波」など、画家は知らないけどこの絵は知ってる気がする、という絵がいくつかありました。あれらの絵はみんな「塗っているもの」と思い込んでいたのですが、じつは切り絵でした。びっくりした。作品によっては、大胆めに切った痕跡もありました。
かずかずの切り絵を見たとき、ポップアートみたいと思いました。ポップアート界のヒーロー、アンディ・ウォーホルも人生に何を心から望むかと聞かれて「マティスになりたい」と答えたそうです。色の組み合わせのすべてが、常軌を逸しているからでしょうか。でもそれは衝動のままに塗られたものではなく、論理的に計算されたというから驚きです。
切り絵だけでなく、彫刻やステンドグラスなどの品々が展示してあって、どうにもおさえきれないマティスの表現欲というか執念というか、つくってもつくっても満足できない感が伝わってくるようでした。
そして展の後半に、うちのポスターと同じ絵が展示してありました。
絵はでっかくて、紙は黄ばんでよれよれで、大胆な描きっぷりのわりに修正がこまかくしてあって、根の部分は紙を上から貼って描き直してあります。マティスは「人々を癒す肘掛け椅子のような絵を描きたい」と願っていたそうだけど、芸術家はみな己の衝動のためにあれこれするのだと思ってた。うん、すてきな言葉だし、マティスの、めちゃくちゃ自由な作品に通底している気がします。
本物というのはありがたいものです。帰ったらフレームの埃を拭いてあげようと反省しました。
家に帰って絵を見ると、感じが似てるだけの違う絵でした。美術展の絵を見て疑いもせず、ポスターの絵と思い込んだのでした。
いったいいくつの思い込みを、わたしたちは抱え込んでいるんでしょう。というよりもむしろ、誰もが思い込みだけで生きているのかもしれません。死ぬまでに、「あれは思い込みだったんだ」といくつ気がつくことができるでしょう。
がっかりして、いつか本物を見たいものだと思ったけど、あのとき「本物だ」と感動したから、もういいような気もします。フレームの埃は、きれいに拭きました。
「マティス 自由なフォルム」概要
- 会期
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2024年2月14日(水)~5月27日(月)
- 休館日
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毎週火曜日
- 会場
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国立新美術館
〒106-8558 東京都港区六本木7-22-2
企画展示室 2E
- 開館時間
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10:00 ~ 18:00
※毎週金・土曜日は20:00まで
※入場は閉館の30分前まで