君は世界に一人だけ

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感じたことと考えたこと

最終出社日に待っていたもの 〜アラフォーの転職⑥

上司に退職の意向を伝えてからの1ヶ月は、おそろしいほどに早く過ぎ去っていきました。

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残務処理。引き継ぎ。退職メールの準備。引き継ぎ。最終出社日にくばるお菓子の準備。引き継ぎ。

ばたばたと過ごし、ついに残り3日というタイミングで、女性ディレクター陣3人からランチに誘われました。

お花と、甘いもの

タチバナさん。お花と甘いもの、どっちがうれしいですか」

激辛ペペロンチーノのとうがらしをフォークの先でよけているとき、唐突にそう尋ねられました。

相手のまじめくさった顔がおかしくて、「そんなさ、直球に聞く?」と笑いました。

みんなも笑って、なにも言わずにわたしの返事を待っていました。うれしいなあ。いい子たちだなあ。

「手紙がほしい」しばらく考えたあとで、わたしは正直に答えました。「花は枯れるし、お菓子もなくなる。でも手紙だったら、ずっと残るから」

手紙……。彼女たちのつぶやきを聞いて、あわてて言い添えました。手紙っていうか、カードに一言とか、そういうのだと、うれしいなって。忙しいから、あれなんだけど、まあ、ほしいものといえば、それかな。

「斜め上でした」彼女たちは笑って、わかりましたと言いました。

いやでも、無理しないでいいからね、いま忙しいの、知ってるから。

そう言ってはみたものの、無理にでもカードを用意してくれるんだろうなあと思うと、うれしいやら、申し訳ないやらで、複雑な胸中でした。

花束のない退職

退職の経験はあれど、お花やらプレゼントやらのたぐいには、残念ながら恵まれませんでした。

だれかが退職するとなれば、花束・プレゼント・飲み会・サプライズの手配役はわたし。

なもんで、いざわたしが退職するとき、「それっぽいなにか」を用意してくれるメンバーはひとりもいませんでした (単に人徳がなかっただけかもしれないけど……)。

そのうえ現職のわがWeb制作会社も伝統的に、「それっぽいなにか」が発動されるイベントやサプライズは皆無です。

仲のよかった社員はみんな転職。社員同士のつながりは年を追うごとに希薄になり、わたしの退職を心からさびしがってくれるひともいない。

いてもいなくても、どっちでもいい人間という自覚もある。
「それっぽいなにか」どころか、この際だれとも会わずにひっそり辞めていこうとまで考えていました。

最終日に待っていたもの

3時ごろ、お席へうかがってよいですか?

最終出社日の午前、「花か甘味か」の女性ディレクターからSlackのDMが飛んできました。

もしかして、カード、書いてくれたのかな。いや、期待するのはよくない。でも……。

仕事するふりをしつつ、時計へちらちら視線をやりつつするうちに、約束の時間がきました。

時間ぴったりに、女性ディレクター3人がデスクへ来てくれました。花束やらなにやら、両手いっぱいに紙袋を持って。

これには心底びっくりして、ギャッ、みたいなへんな声をあげてしまいました (上司のオンラインミーティングまっ最中に)。

紙袋のひとつに、観音開きの色紙が入っていました。

仕事でからんだメンバー。上司。面識のない新人さん。いちどもからまなかったメンバー。すでに退職したメンバー。

「前に聞いたとき、手紙がいいって言ってたので……」

にこにことそう話す彼女たちが、忙しい業務の合間をぬって色紙を用意してくれたことを考えると、なにをどういえばいいのかと思いました。

土下座するいきおいでお礼を言うと、「だれとも会わずに退社するんだ」なんていじけてたのも忘れて、メッセージをくれたメンバーのもとへすっとんで行きました。

最後にみんなと話せてよかった。心のそこからそう思いました。

いてもいなくてもいいなんて、とんでもない誤解をしたまま辞めなくてよかった。この会社で働けてよかった。
なにもかも、3人の女性ディレクターのおかげです。

真っ黒だったオセロが、最後の一手でぜんぶ白にひっくり返ったようでした。

 

駅へ向かう途中、振り返って社屋を仰ぎ見ました。

十なん年、降っても晴れても通い続けた、わたしの会社。

一時は「こんな会社辞めてやる」と息まいてたのに、最後に感じるのは、100パーセント純粋な感謝でした。そう思えることが、泣きたいくらいうれしかった。

頭を下げて、さっと駅へ向かいました。

花束やらプレゼントやらがつまった紙袋の重みを、両手にずっしり感じながら。