君は世界に一人だけ

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感じたことと考えたこと

舞台「帰れない男 ~慰留と斡旋の攻防~」感想

意味が、よくわからなかった。

林遣都くんの美しさにうっとりして、たびたびぽうっとしたのと無関係ではないにしても、それにしたって謎だらけで全体的に意味がわからなかった。

カーテンコールが終わり客席の照明がついたとき、わたしは隣の人に尋ねたくてたまらなくなった。「え、意味わかりました?」

意味、というのは、なんでそうなるのか? という、因果関係のわからなさ。むしろ「わかる」とはっきり言える部分なんて一つもなかった。割り切れない。もやもやが残る。

わからないからといって面白くなかったというのでは、ない。異世界に連れていかれた。ただ、そこで起こる不条理を不条理のまま受けとめることができずに、「なんやったんやあれは」とひたすらもやもやした。

みんな何でもない顔でさっさと劇場を出ていく。わかったんですか、あれが。どなたか、教えてくれませんか。意味不明すぎて、自分がアホみたいだ。自分をアホ認定するために舞台を観に来たみたいだ。

落ちこんで、トイレに寄らずよろよろと劇場を出、劇場から数歩歩いてめっちゃトイレ行きたかったことを思い出したけど、あとのまつりだった。

 

舞台「帰れない男~慰留と斡旋の攻防~」は、倉持裕が作・演出を手がける新作公演。

親切にした女性に招かれ屋敷に誘い込まれた主人公が、屋敷の主人と若妻に慰留され、ずるずると逗留し続けるという不可思議なストーリーだった。

思い返すと、その屋敷は確かに立派な門構えではあったが、迷子になるほど中が広大だったとは、男は思いもしなかった。
男は、気まぐれに親切にした若い女に招かれそこへ来た。最初、女はこの屋敷の女中かと思っていたら、実は主人の女房だった。年の離れた亭主を持つと、若くともこんなアンバランスなムードを身にまとうようになるのかと、男は勝手に納得する。
屋敷の中は薄暗い上、廊下も恐ろしく長く、部屋の数も分からなかった。
数日経って、友人が連れ戻しに来たが、男は「帰ろうにも出口にたどり着けないんだ」などと困った顔をする。

中庭を挟んだ向かいの広間で、夜ごと催される誰かの宴。その幻想的に揺らめく人影をぼんやり眺める女に、男は次第に惹かれていく。男を躊躇させるのは、留守がちで、まるで自分の妻を斡旋するかのような、主人の謎の振る舞い。
引き留めるわけではないが、時折、何やら共謀をほのめかすような女と、その主人との間で、男は次第に正気を失っていく……。

M&Oplaysプロデュース『帰れない男 ~慰留と斡旋の攻防~』特設サイト | 作・演出:倉持 裕

説明書きには、「主人公が本来の自分を見失っていく心理サスペンス」とある。観ているときにはサスペンスだと気づかなかった。

Wikiによるとサスペンスとは、「ある状況に対して不安や緊張を抱いた不安定な心理、またそのような心理状態が続く様を描いた作品」との由。

サスペンス感を味わえなかったのは、「え、どゆこと?」と何度も我に返ったためかもしれない。あるいは気がゆるむとすぐ林遣都くんの美しさにうっとりしたために、サスペンスどころじゃなくなったのかもしれない。痛恨だ。

お芝居など数えるほどしか観たことのないぺーぺーだからか、はたまた林遣都くんにうっとりしすぎたからか、およそ理解のおよばない舞台だった。それならパンフレットを手に入れ理解をふかめればいいものを、金欠で買えなかった。

舞台から一週間ほど経っており、記憶はすでに溶けている。とはいえ「林遣都くんがイケメンでした以上」ではあんまりなので、所感をひねりだそうと思う。

(以下、記憶が溶けているため「おまえはいったい何を観たのだ」という間違い勘違いが見込まれます。ご了承ください)

* * *

主な登場人物は、若く美しい青年(しかも小説家というハイスペックぶり)、広大な屋敷に住む年老いた旦那と若い妻。

「まあそうなりますよね」的展開を予想するし、実際そんな方向へ話は進んでいくかに見える。が、そのわりには若妻も主人公もたいして思いつめておらず、というか、誰も彼もが何を考えているのかさっぱりわからない。

舞台にあらわれる時、明確な目的を持っているのは主人公の友人・西城だけ。西城は「お前を連れて帰る」だの「お前の嫁を俺にくれ」だのといった目的をつねに持っている。若妻にいたっては主人公の部屋に来ても用事などないと言う。来ることで用事ができるから、と。

メロドラマ仕立てに見せかけてはいるけど、メロドラマの材料となる湿度とか熱情とかエネルギーが、どうにも薄い(そういう演技であります、念のため)。中庭をはさんだ障子にうつる影絵のように、輪郭だけは見えるけれど大事なものが欠落しているようで、それが見る側の不安を煽る。

不安といえば、やたら長い廊下も、部屋に入るとき演者が一瞬消えるのも、様子の見えない中庭も、仕出しもお茶も小ぶりなテーブルクロスも、なにもかもが不安を発生させる。

舞台装置だけでも不安なのに、主人公を中心に、最終的に3件もの三角関係が成立する。不安だ。でも主人公は不安どころか三角関係の中心という立場にうっすら優越感を持っている。女にすがるでもなく、身を引くでもなく、決断を先延ばしにして優越性を持続させようとする。

そのおかげで二人の男が自殺に追いこまれる。主人公が最後につぶやく「雪はとうぶん先さ」は、「帰れない男」から「帰らない男」への完全変化を見るようだった。

 

三角関係×3の経験がなくても、誰にだってしょうもない留保の経験はあるはず。可能性の引き延ばし。下北沢の街を歩きながら、自分の過去をふりかえって空恐ろしい気持ちになった。やっぱり劇場のトイレに行っておけばよかった。

* * *

基本的に意味がわからなかったのだけど、ことにわからなかったベスト3はこちら。

●意味がわからないベスト3/空白の半年間

終盤、主人公と若妻が最終段階的な雰囲気に達して暗転、それから半年後 (?) に二人があっさり屋敷に戻り、生け花とか談笑とかしてる。半年の間に何があったかの説明は一切なし(たぶん)。

●意味がわからないベスト2/なにしてるんだ、君たちは

ラスト直前、「生け花に使ったはさみをどこへ置いたのか」と女中と若妻が言い争い、そこへ主人公が「あなたはいつもそうだ」と若妻に対しいきなり激高(正直申し上げて、なんでいきなりキレたかまったくわからない)。

言い争い後に屋敷の旦那が消えたあと、主人公の友人である西城が「なにをしているんだ、君たちは」などと怒鳴って部屋を出ていく。なんでお前がキレるのか。

●意味がわからないベスト1/旦那の自殺

主人公と若妻の言い争いを見た旦那が立ちあがり、夢遊病者のようにどこかへ消える。と思ったらいきなり自殺。

中庭をはさんだ座敷の障子で影絵となった旦那が、自分の喉だか胸だかにはさみを突き立てる(障子に血がぷしゅーって)。

旦那が自殺にいたった原因がぜんぜんわからない。無理くり考えてみるに、

1. 小間使いの男から、かねてより二人に関する不穏な報告を受けていた旦那が、ちょっとした出来事を拡大解釈する思考になってた
2. 主人公と若妻の自己劇化的な言い争いによって旦那が決定的に無力化された

という二段攻撃か(実際には二十段攻撃くらいあったかもしれないけど気づけんかった)。

考えてもわからない。どなたかおわかりになりましたらご連絡ください。

* * *

わたしはお芝居にうとく、というか芸術方面全般にうとく、きちんとした批評なんてとてもできない。林遣都くんの繊細で硬質な演技、とか言われてもよくわからない(繊細な演技って何?)。

ただ、お芝居を見るって、人間のものすごいエネルギーが体につきささってくることなんだな、というのは、わかった。

お芝居の意味を理解したり独自の解釈をするより、お芝居の「つきささり性」を自分なりに感じる方がずっと大事なんではないか。意味がわからないという点では、自分のことだってよくわからないわけだし。

わかったつもりでいるよりは、「なんやったんやあれは」ともやもやし続けたほうがいいのかもしれない。逆に。

それにしても林遣都くんはほんとうに美しかったです。

 

mo-plays.com

 

 

田中圭くんの舞台も観劇しました。

littleray.hatenablog.com