入学初日から、うしろの席の女の子が気になっていた。
おとなっぽくて、頭のよさそうな (実際に頭脳明晰で、のちに副生徒会長となる)、よその小学校の女の子。
話してみたい。でも話すきっかけがなくて、プリントを回すときにコンマ2秒、目を合わせるくらいしかできなかった。
あるときプリントを回していて、彼女の下敷きが目についた。傷ひとつない下敷きには、男の子ふたりのイラストが描かれていた。
「下敷き、かわいいね」
昼休み、何気ないそぶりでそう話しかけた。
彼女はうれしそうに笑った。
「ありがとう。見る?」
正直、ほんとうにかわいいと思って言ったわけじゃなかった。ただきっかけがほしかっただけだ。
わたしは一方の男の子を指さした。
「この子かわいいね。女の子みたい」
「これ、女の子だよ」
わたしはびっくりした。「女の子?」もう一度下敷きを見る。言われてみればたしかに、すこし胸もあるような……でもこれが女の子だなんて。
「たしかに男の子っぽいよね」と彼女は言った。「わたし、この子が好きなんだ。野明って名前なの」
ノア。変わった名前。
チャイムが鳴るまで、彼女の語る『パトレイバー』のあらましを聞きつづけた。明確な熱をおびた「好き」が12歳の体からあふれだすのを、わたしは黙って見ていた。
* * *
週末、学校近くの古本屋さんで『機動警察パトレイバー』の1巻を50円で手に入れた。
"男の子に見える女の子が主人公のストーリー"を読んでみたい、という軽い気持ちで読みはじめて、ショックを受けた。
こんなマンガを、それまでに読んだことがなかった。
主役の野明は、少女マンガに出てくる女の子とはまるでちがう。ショートカットで、男の子みたいで、ふつうの女の子が興味を持ちそうなものには見向きもしない。
とにもかくにもレイバー (汎用人間型作業機械、つまりロボット) が大好きな野明の夢は、レイバーのパイロット。新設された警視庁のレイバー部隊に入隊することだ。
第一の夢を叶えた彼女は、さまざまに降りかかる困難を"寄せ集め"の仲間とともに乗り越えていく。
わたしの読みたかったマンガはこれだと確信した。自転車を飛ばして古本屋へ舞い戻り、あり金をはたいて手に入れられるだけの巻数を手に入れた。
ストーリーに引きこまれて、ページを繰る手が止められない。そんなマンガは11歳で出会った『AKIRA』以来だった。
* * *
わたしが『パトレイバー』に惹かれたのは、なんといってもストーリーの濃密さ。
事件は単発で起こるのではなく、二重、三重にも層をなしていて「そこにつながってたのか!」とおどろかされる。
だから一読しただけでは理解できない。最大のライバル (内海&グリフォン) のストーリーラインと日々の業務が交錯して、なにがなんだかわからなくなる。中1の理解力ではなおさら「ちんぷんかんぷん」だった。
もっとも好きなエピソードは『廃棄物13号』。SFとサスペンス、人間ドラマの入り混じったストーリーは、連載マンガのいちエピソードの域を超えている。
篠原重工と警察の癒着をめぐるエピソードも大好き。精神的に追いつめられ崩壊していく遊馬と、心配する野明がたまらない。
いやいや、グリフォンとの最終対決も胸を打たれたし……ああ、ひとつに決めるなんてむり。
もちろん主人公・野明も語らずにはおれない。レイバー乗りとしての才能を持ちながら、人の役に立ちたいという思いに迷走したり、誰かと自分を比べてしまったり、ときには失敗もする。
あっちこっち頭をぶっつけながら成長していく野明に、誰もが共感してしまうと思う。
野明と、仕事上のパートナーである遊馬の関係性もいい。
ふたりは同じ目的を持つ仲間としての絆を深めつつ、何とはなくお互いを気にかけていく。パートナーの絆なのか、友情なのか、それとも……。
ふたりの描写はさわやかで、ほほえましくて、じれったい。つい「えええい、もどかしいっ!」とじりじりしてしまう。
* * *
好きな台詞のひとつに、後藤隊長の「カラ元気も元気」という言葉がある。
カラ元気も元気、という言葉がある。
泉はカラ元気の効能を知ってるよ。
カラ元気を続けているとバカにされる。ほんとうになにも考えてないアホだと思われる (わたしは実際にそう言われた)。
でも後藤隊長のように、ときにわかってくれる人もいる。人がバカにすることを、長所とみなしてくれる人がいる。みんなにわかってもらえなくてもいいのだ。
わたしは野明になりたった。
情熱のすべてを燃やす仕事につき、同じ目的を持つ仲間に囲まれて、自然体で生きる人になりたかった。
でも、「そういう人になりたかったんだわたしは」と思うだけで、なんとなく救われる気がする、今は。
貸し出し原画に手を入れた。(๑>◡<๑)2018_ver.002 #パトレイバー pic.twitter.com/iZ7ZSpXNea
— 高田明美(マミと野明の母(?)♡) (@AngelTouchPlus) 2018年8月21日
(高田明美先生の野明がいちばんすき)