君は世界に一人だけ

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感じたことと考えたこと

転職するまで、底力なんかないと思ってた 〜アラフォーの転職⑧

転職して10日もたたないうちに、クライアントとの打ち合わせに駆り出された。

自慢じゃないけど、これまで「クライアントとの打ち合わせ」とやらに行った経験がほとんどない。

それっぽい服がない。名刺入れもない。あれこれの作法も知らない。

いや、そんなのはどうにかごまかせるかもしれない。

問題は、そう、議事録だ。

議事録を書いたことがない

打ち合わせには議事録係として駆り出される。

でもこれまでの人生で、議事録なんて一度も書いたことがない。なんなら読んだこともない。

前職では裏方 (かっこよくいうとフロントエンド) を10年ほど経験、そこから運用ディレクターに転身したもんで、世のディレクターが通常踏んでいく手順を、ぜんぶすっ飛ばしてしまったのだ。

「議事録の経験なし」というのが、ディレクターとしてどのくらいやばいのかわからない。わかんないけど、だいぶやばい気がする。

もしも社長が「いくらなんでも、議事録くらい書けるだろう」とあやまった見込みでいたら、「こいつを雇ったのは間違いだった」となりかねない。

でも書けないものは書けない。事前の注釈なしに、くそみたいな議事録を提出するのがいちばんやばい。

というわけで打ち合わせ前日、社長とのWebミーティング (という名の雑談) で正直に打ち明けた。

「あ、そーなんだ。ま、大丈夫だよ。前のやつ渡すから、それ参考に書いてくれれば」

とくにおどろきもせず、軽いノリで社長は言った。

「録音もするから、わかんなかったらそれ聞けばいいよ」

わたしは「承知しました」と弱々しく笑った。それ以外に言いようがなかった。

まぶたの痙攣

それらしい服は一式しかなかった。てろっとした素材の白シャツ、センタープリーツの入ったオリーブ色のパンツ。

これにヒールさえ履いていればそれらしく見えるだろう、と考えていたら、実際はジャケットを着ていないのはわたしだけだった。

そのうえ、もらった名刺をどこへ置けばよいかわからず、迷った挙げ句に開いたラップトップの右端に置いた。これが終始ものすごく邪魔だった。

各発言を、もくもくと打ち込んでいく。なんだ、議事録なんか楽勝じゃん、とかナメていたら、2時間を超えたあたりから、まぶたが痙攣しはじめた。

こんなんで、これからやっていけるのか

目を開けているのがやっとなくらいだった。集中が途切れて、話し合いの途中で何度か明確にうわのそらにもなった。

そもそも案件の前提をまったく知らないままの参加だった。用語も、優先順位も、目標もわからない。わかったふうな顔をしてすわってるだけだ。

なにもしらないくせに、「それはくそ仕様だから、こうするべきではないか」と発言した。発言すると目が覚める。ただすわって、人の発言を打ち込んでいくのはつまらないし、たぶん向いてない。ひとつ勉強になった気がした。

地下鉄の入口で社長と別れて電車に乗りこむと、座席に崩れた。
ずるむけの踵。痙攣がとまらないまぶた。開かない目。

こんなんで、これからやっていけるのか。

しかたない、はじめてのことだったんだから、と自分をはげます。

はじめてのクライアント、はじめての仕事、そんなの、緊張しないほうがおかしい。これから少しずつ慣れていける……

そんな自信、ぜんぜんないけど。

後悔してるか?

地元の駅から家まで、ヒールの足をひきずりながら歩いた。踵が、小指が、土ふまずが、足を構成するすべての部位が痛かった。

それでも、働く女性みたいな顔をはりつけて歩く。だってこんなのに負けていられない。ヒールが痛いからって、痛い顔をして歩く女はいない (たぶん)。

思ってたのと違ったか? ちょっと違った。

後悔してる? ぜんぜんしてない。

どうしてそう言える?

新しい人と会って、これまでに知らなかった世界の話を聞けるのが、楽しいから。
未経験の仕事にトライするのが、おもしろいから。

転職するまで、わたしには底力なんかないと思ってた。自分にまだ働く馬力があるとは思わなかったし、新しいことをおもしろがれる性質があるとも知らなかった。

ずるむけの足は痛かったけど、仕事をおもしろいと感じられるのが、うれしかった。

前の会社で、ちょっとずつだめになってる気がしたのは、単純に、仕事に飽きてたからなのかもしれない。

飽きるって、人生からおもしろがる力を奪うんだと、はじめて知った。



提出した議事録は社長に褒められた。「これ、大変だったでしょ」

うれしいよりもホッとした。でも仕上げに半日かかってる時点で落第だ。

議事録にも、打ち合わせにも、ヒールにも慣れていきたい。

アラフォーのくせに新卒みたいで、恥ずかしいけど。