「なんかいいな」って思ってた相手に優しくされたら、ほんとに好きになっちゃった。
そんな話を、年下の友だちから聞いた。
わかる。すごくわかる。ばかみたいかもしれないけど、掛け値なしに優しくされると、即好きになってしまう。
なんの利害もなしに優しくしてもらえるなんて、大人になったらほとんど起こらないから、もう事件なわけです。
事件が起きて、好きになるまでに、約1秒。1秒の間に、たぶん、こんな回路が形成されるのだと思う。
事件→うれしい→脳が快と判断→繰り返されるのを期待→好き!
はっとするような事件が起こって、脳が快と判断すると、相手への愛情がブーストされる。逆に言えば、愛には事件が必要なのです。
えーと、つまり何が言いたいかというと、応援しているモータースポーツのチームが優勝したので(大事件です)、所属ドライバー二名に対する愛情がスーパーブースト中、というお話です(スーパーGTだけにね)。
それまでも大変慕わしく思っていたけれど、優勝の日いらい、精神年齢が中坊化。
二人の画像を検索しまくる。かたっぱしから保存する。すべての待受画面を変える。ほどなくアップされた表彰台の写真にもんどりを打ち、血走った目でこれも保存。チーム公式サイトおよびインスタを一日100回リロードする(仕事中)。
ファンになりたてみたいな初期衝動がノンストップで! という日々を過ごしております。
そうは言っても。
画像の乱獲がひと段落したころ、ふと我に返りました。
いったい二人の何がそんなに好きなのか(どうでもいい)。
イケメンだの速いだの仲良しだの、理由は100個くらいある。でもそれだけじゃなくて、なんというか、二人の不幸性、あるいは物語性に惹かれている気が。
5年前のチャンピオンから転落して以降、不幸や不運が束になって二人におそいかかりました。病気。事故。あと一歩で逃した勝利。どうして二人にばかり、と思うような、悲しくてつらいことごと。
そんな場面を一つひとつ見ていると、現実に進行している、ほんもののドラマを見ているような気がしてくるのです。
「なんかいいな」から始まっただけなのに、ほとんど何も知らないのに、脳内ドラマで勝手にわかった気になって、勝手に感情移入して、気づけば惹きつけられている。
どこまでも一方的。それでも、二人の痛みをわがことのように感じてしまう。ふだんはすっかり忘れて、都合のいいときにだけ思い出すくせに。好きになるって、なんなんでしょう。好きって、ほんと、身勝手。
そんなふうに身勝手を自覚しても、事件(新たな画像が投入されるなど)が起きたら、また好きがブーストされる。猿かと思う。
というわけで、今週末に開催される最終戦を、猿のまま見守ろうと思います。
▼何回見てもしびれる。っか~