「ITパスポート試験、8月末までに受けとこうか」
社長があまりにも気楽にそう言うものだから、わたしも気楽に「はあ」と返事をした。
それまで「ITパスポート」なるものを知らなったわたしは、社長の口ぶりから「なんだかよくわかんないけど、3日くらい本気出したら取れるだろう」と考えた。
調べてみたら、ITパスポートは国家資格だった。3日どころか、何か月か勉強しないと取れない系の、マジなやつだった。
勉強なんかしたくない。受験もしたくないし、落第もしたくない。
前職もそうだった。査定試験のための勉強と、提案書づくりでオフがつぶされた。会社がうらめしく、試験のない世界に生きる人々が、心底うらやましかった。
せっかく転職したっていうのに、取りたくもない資格のためになぜ、オフをつぶされなきゃいけないんだろう。やっと、試験のない人生を送れると思っていたのに。
ぐちゃぐちゃ言ったところで、「やっぱ取んなくていいよ」とは、ならない。わたし以外の社員は、みんな一発で合格をきめている。せめて、だれか一回くらい落ちていてほしかったけど、いまさら呪ってもしょうがない。
社長に言われてから2週間も経って、ようやく参考書を買った。
参考書はずっしりと重い。がんばったら凶器にもできそうな気がする。なにこれ、覚えるの、この本の内容を全部?
貴重な自由時間を削り取って、この本を読むのかと思うと、どうしようもなく気分が沈む。
転職したからか。雇われの身だからか。試験のない世界で生きるには、無職しか道はないのか。
参考書を読みはじめる。これほどいやいや読んだ本が、かつてあっただろうか。覚えていない。そんなのも覚えていないのに、どうして本の内容を覚えられるだろう。まるごと脳にインストールしたい。いつかそんな未来がくるだろうか。読まなくても、内容をまるごと脳に流しこんじゃえる未来。
ITパスポートはテクノロジ系だけでなく、経営戦略などのストラテジ系、マネジメント系からも浅く広く出題される。
第一章は「企業活動」。へえ、株式会社ってそういう成り立ちなんだ。CIOってそういう意味なんだ……。
知らなかったことや記憶違い、頭の中でいいかげんに散らかったものが、きちんと整備・整頓されていく。
その感覚を得てはじめて、「おもしろい」と思えた。新しい知識を得ると、純粋に楽しい。
やらないですむなら、それにこしたことはない。でもやんなくちゃいけないなら、むりやりにでも楽しまないと、やりきれない。
「めちゃくちゃやりたくないことを、むりやりにでも楽しんでやれるか」に挑戦してるんだわたしは、と考えるようにします。
結果は、来月末。