君は世界に一人だけ

君は世界に一人だけ

感じたことと考えたこと

クールで素敵な世界

自分には関係ないと思っていた世界が急に身近になる、生きていればそういった事態がまれに起こるものだけれど、わたしの場合それはスチール撮影です。

万事ととのったモデルを、カメラマンがばっちりナイスに撮る、そんなクールで素敵な世界。

「推し」の話になり某俳優の名をあげると、ヘアメイクさんとカメラマンさんが同時に「メイクした/撮ったことありますよ~」。
そんな世界。

そんな素敵世界には当然ながら、その道のプロが招集されます。

つまり誰もが何らかのプロで。コミュニケーション能力がべらぼうに高く。すべてがキラキラしていて。

その場にいるド素人は自分だけという状況は、少なくともその時点では、未知の世界を覗き見してるみたいな、そんな高揚感がありました。

自慢ではありませんが、わたしは正真正銘のド素人です。クライアントから「撮ってこいや」と命ぜられ、あちこち手配しただけの人間です。

そんなのが現場でなにをするか。モデルさんに持っていただくバッグやら履きかえる靴やらを両手にどっさり持ち(重い)、通行車を見張り(暑い)、道行く人に頭を下げ(怖い)、ときどきカメラのプレビューを覗いては「ほほう」みたいな顔をつくる。ひらたい話が、ただの雑用です。

それでも撮影中は必死だし、別世界ぶりに興奮してるしで、アドレナリンが噴出しまくっていました。


撤収が終わって、電車にひとり滑りこんだとたん、日中の疲れがどっと出てきました。

なんかもういろいろと限界で、手持ちの紙袋を、電車の床に置きました。

紙袋の中には、衣装やら靴やらがどっさり入っています。撮影で使ったからといって、「じゃああげる」と気前よくもらったのではありません。次なる撮影のために、使うかどうかもわからないのに、スタイリストでもないのに、わたしの自宅で保管することになったのでした。

これが、指に食いこむくらい重かった。アドレナリンが引いて指の痛みに気づいたら、猛烈な恥ずかしさとむなしさに襲われました。

プロをめざす若いアシスタントならまだしも、ド素人の40代が雑用って、かなり痛くないか。

痛いうえに、もしかしたしたら、コミュニケーション能力がおそろしく高い人たちを前に、変なことを口走ったかもしれない。なにこいつ? とずっと思われていたかもしれない。

いや、問題はそこじゃない。問題は、わたしの無能ぶりだ。

わたしだけ、何のプロでもない。

プロでないどころか、何ひとつまともにできない。だから、衣装と靴をへいこら持ち帰り、次なる撮影のために、狭い部屋のどこかにしまっておかなくてはならない。会社の倉庫がわりに。

あたいの人生っていったい・・・。とか考えながらしょんぼり家に帰り、衣装を押入れにぎゅうぎゅう押しこみ、靴を下駄箱の奥に投げ入れました。皺になろうが剝げようが、知るか。

そしてシャワーを浴びながらこれまでの来し方をしみじみ振りかえるうち、ふと思ったのです。

もしもわたしが何らかのプロになれていたとして、あんなふうに、はじめて会った瞬間に明るくおもしろくよどみなく話すなんて、できないじゃないかと。

だいたい、さぼることしか頭にないわたしに、きびしい下積み時代を耐えられるわけがない。

きびしい下積み時代を乗り越えて、高いコミュニケーション能力を身につけて、たくさんの人たちと協力しながら仕事をすすめるなんて、できない。

クールで素敵な世界にはあこがれるけど、やっぱりわたしの生きる世界とは、根本的に違う。

そんなことを言いつつ、自分を守るために、これでよかったんだと思いたいだけかもしれません。どっちなのだか、自分でもわからない。

でもやっぱり、なんらかのプロには、なりたかった。それは心から、ほんとうにそう思います。なんのプロだかは知らんけど。