君は世界に一人だけ

君は世界に一人だけ

感じたことと考えたこと

それがどうしたというのですかの世界

びよおおおん、ぽろろろろ、ぎゅぅぃいいん。
ソファの上で、夫が小さなシンセサイザーをいじくっている。まあまあ耳ざわりな音をがんがんに、一心不乱に。

たのしそうで何よりだけど、買ったんじゃないでしょうね。
なんか、ちょいちょい段ボールが届くの、知ってるんですけど。こそこそ部屋に運びいれてるのも。

や、そんな金があるはずもないから借りたか盗んだかしたんだろうけど、よくまあ飽きもせずにさわっていられるものだと思う。

わたしは黙って赤いゴム手袋をはめる。食器を洗いながら、いつものようにいろいろものを考える。そして洗いおわったら、何を考えていたのかまるで思いだせない。

ぼんやり生きてるつもりはないのに、このごろ、ひどくぼんやり生きている気持ちになる。

時間がたつのはあっという間、そんな言葉ばかりをくり返し言い・思いしている。そう気づいてはこころぼそくなる、でも、そんなこころぼそさも次の家事やら仕事にとりかかる頃には忘れてしまう。

からっぽ、とまでは言わないけど、それに近い何か。輪郭だけがかろうじてあるようなないような、いまのわたしはまるでそんなふう。

「はー、たのしー。永遠にさわってられるわー」

満足げに、夫がため息をつきつき言う。こころなしか頬が赤い。
わたしはびっくりして「そんなに?」と聞く。

うん。中学生みたいな笑顔で夫は答え、うれしげにシンセサイザーを抱えなおす。
「すっげぇ楽しい。シンセさわんの」

たぶん、このときはっきりとわかった。わたしと、夫の違い。食いつなぐために仕事をしているわたしと、夢を叶えたひとの違い。

どうあっても好きで、たのしくてたまらないんだ、このひと。たったひとつのことが、30年以上も前からずっと。

なんで夫のようになれんかったんだろう。
洗濯ものをたたみながら、ぼんやり考える。

好きになったら一直線、それだけが取り柄らしい取り柄であったのに、気がついたらなんもなくなってた。なんもないから、お隣の国のきらきらしい男子に惚れたりするのやろうか。

ぼんやり生きてきたつもりはないけど、救いのない毎日を必死にたたかってきたつもりだけど、じつはそんなの、なんでもなかったのかもしれない。

というようなことを、死ぬまでわたしはぼやきつづけるのやろうか。わたしはこの人生でいったい何を汲みだしたんやろうか。

純粋なすき、って、それだけで圧倒的にスーパーだったんだなあ。しみじみ、そう思う。

それ以外何もできないの天才でなくたって、や、べつに才能を証明できなくたって、純粋に好きでたまらなくて離れられないものがあるって、ようするに奇跡です。

書くことは好き。でも、それがどうしたというのですかの世界。

自己満足はいかんです、子どもっぽいのはいかんです、輪郭のない人間からは輪郭のないものしか出てきません、つまりお前はいかんです。

奇跡とかっておおげさに言いたがるのはだから、それほどに遠いというわけで。