へびを見た。朝、田舎道をジョギングしている最中だった。
その大きなへびは川から上がったばかりらしく、どちらへ向かうか、道のど真ん中でしばし迷っていた。
へびをまたぐ胆力のないわたしは、これといった意味もなく、ホールドアップの姿勢のまま、その場で足踏みしていた。
向こうからやってきた自転車が、へびの前で止まる。わたしと自転車の女性は、じっとへびの動向を見守る。へびはまだ迷っている。
へびは小学生のころ、通学中によく見かけた。たいていは川を泳いでいて、まれに道の端でとぐろを巻いているのもいた。
近所の男子たちは、素手でへびを捕まえては、気絶するか死ぬまで地面にばしばし叩きつけていた。ぐったりしたへびを得意げに振りまわし、飽きたら女子のほうへ放り投げた。
へびはこわい。襲ってこないとわかっていても、立ちすくんでしまう。だからある種の人間、自分の勇敢さを証明するためには手段を選ばない人間が、オモチャにしたがる。
心を決めたのか、へびはするすると人家に消えていった。
女性とわたしは顔を見合わせ、「びっくりした」「ねえ」と言い合った。
数十年ぶりに見たへびは、やっぱり純粋にこわかった。そしていやになまめかしかった。
へびのようななまめかしさを自分が持っているとは思えなかったし、ということは、この先ずっと獲得することはないのだなあ。