君は世界に一人だけ

君は世界に一人だけ

感じたことと考えたこと

まばゆいふたり、あるいはノンフィクション・バレーボール漫画

幼なじみで親友。
それだけでもレアですが、どちらもイケメン&高身長、おまけにピュア&ピュアとなると、もはや漫画です。

そんな「ノンフィクションでバレーボール漫画が成立しそう」なイケメンコンビの話を、きょうは聞いてもらいたいなと思います。

* * *

昔むかし、わたしが社会人バレーボールチームに所属していたころの話です。

チームの概要はこちら:

1. 男女混合 (6人制)
2. 18〜24歳
3. 神奈川大会で準優勝の経験あり 
4. 全員、地元強豪高校のバレー部出身

わたしなぞてんからお呼びでないレベルなのは置いといて、「4」がまあキツくて。

うっかり加入してみたら、全員「同じ地元高校のバレー部OB」で構成された仲良しチームだったのでございます。

なもんで、わたしのような「よそもの人間」は原則的に、意図的に蚊帳の外でした。

そしてチームには、十度見レベルのどえらいイケメン・A君 (ポジション:ウイングスパイカー) が所属していました。

どのくらいイケメンかというと、ファッション雑誌の専属モデルとして収入を得ていた「ほんまもん」です。

おそろしくモテるだろうに、どこか抜けていて、あらゆる言葉を「ひらがな」っぽく話す、ちょっと惜しい感じの男の子でした。

 

チームにはA君の幼なじみ・B君も所属していました (ポジション:ミドルブロッカー)。

授業中に教室を沸かせる男子が、どのクラスにもひとりは存在します。
B君はまさしくその種族の一員で、アクションとリアクションが小学生男子な、チームの愛されムードメーカーでした。

ともに整った顔面、すらっとした長身。

練習に来るのも帰るのも、ウォームアップのペアも常に一緒。

一方が練習に来ないと、一方の雰囲気があからさまに変わり、つられてチームの雰囲気まで何か違ってしまう。

とくに理由もなくいちゃついたりケンカしたりと、どうにも落ち着かない。

仲の良い、というより、近所を遊び回ってた小学生のころから何ひとつ変わっていなそうな、だけどそんな共依存的関係は果たして可能なのかと頭をひねってしまう、どうにも漫画的なコンビでした。

* * *

そんなイケメンコンビがチームにいたら、話したい、仲良くなりたいと思うのが乙女心というもの。

しかし固い結束で結ばれた仲良しチームには、よそものが忍びこめるスキマなど1ミリもありませんでした。

たいした実力もないわたしにできるのは、空気を読み、一歩も二歩も三歩も引いて、輪の外から愛想笑いを浮かべることだけ。

チームの中心にいるイケメンふたりに対して、自分から声をかけるなんて所業はできませんでした。

 

彼らに近づけない理由は、もうひとつありました。

チームの女の子たちが、イケメンふたりの仲を守る〈盾〉として機能してたのです。

どちらか一方とわたしが話していると、かならず割って入る。
飲み会や車の移動は、断固として隣同士に座らせる。

彼らのゆるぎない関係性を、ことあるごとに語って聞かせる (全国大会に出場した輝かしい高校時代を語るのと同じくらい、誇らしげに、目を輝かせて)。

それというのも、イケメンふたりの関係性が、女の子たちのハートをがっちり掴んで離さないほどに漫画的だったから。

B君は、美しいA君が自分の親友である事実を、かなりの割合で誇らしく思っていました。A君としても、そんなB君に少々依存していた。

なかでも「B君が毎日、A君に晩ごはんを作ってあげている」というエピソードにはおどろかされました。

いわく、めんどうがって夕食を食べようとしないA君に、B君がごはんを作ってあげたのがキッカケで、いまや夕食作りは常態化、B君がいないとA君は死ぬという、「ほんとかよ」みたいな話です。

練習後の飲み会で女の子がB君に話を向けると、彼はそうだと認めたうえで、うれしいとも、情けないとも、諦めともつかない笑顔を浮かべて、「好き嫌いも多いし。ほんっとに大変なんだから、このひと」とぐちりはじめました。

「この前、用事で帰るのが遅くなったとき、窓辺でじっとオレを待ってるのが遠くから見えたわけ」

「もうびっくりしちゃってさ。冷蔵庫にあるもんでも何でも、適当に食えばいいのに。お腹、ぐーぐー鳴らしながらオレの帰りを待ってんだよ。信じられる?」

「そのとき思ったんだよね。ああ、こいつ、オレがいないと飢えて死ぬなって」

しょうがない、もう猫さんだから、というB君の言葉に、女の子たちは目を輝かせる……そう、B君は、どんな話をすれば女の子にウケるかをちゃんと知っていたのです。

いっぽうのA君は、そんなB君に乗るときもあれば、他人ごとのような目で見るときも。このときは後者でした。

帰り際、B君が「ああ見えて、けっこう繊細なんだよね」とこっそり教えてくれました。

「さっさと謝りなよ」と口から出かかって、結局、言えませんでした。

* * *

彼らはつねに輪の中心でした。
ふたりが冗談を言い合うと、みんなが笑います。わたしも輪の外で、ひとりで笑っていました。

もちろん、そんなのぜんぜん楽しくなかった。わたしはどこまでも〈よそもの〉であって、いてもいなくてもいい存在だと、毎週毎週、思い知らされるのはきついものがありました。

転機になったのは、チームに一歩近づいては二歩離れ、二歩近づいては……をくり返すうち、やっぱりここにわたしの居場所はないな、と確信にいたったころ。

コートの片づけを終えたA君が、わたしの隣に腰をおろしてシューズを脱ぎはじめました。

ふたりで何でもない内容を話していたのが、だんだん、何を話しているのかわからなくなっちゃったんです。
額に汗を浮かべたままの相手が、あまりにも綺麗で。

邪魔者たちはステージ袖の別室で着替え中。しばらく邪魔は入らない。それもあって、つい口がすべりました。すべったとしか言いようがない、もう。

「あんたって、ほんとに綺麗だね」

相手はびっくりして、あわてはじめました。

びっくりなのはこっちです。モテにモテまくってきただろうモデル男が、そんな一言に頬を赤らめて狼狽するなんて。

それから彼が、雑誌の専属モデルという、きびしくも華ばなしい仕事についておきながら、それについてほとんど自信を持てていないと知りました。

わたしなんかが何をいってもしょうがない、そうわかっていても、ひとかけらの自信も見いだせない相手を前に、言葉を尽くさないではいられなくなりました。

あんたは綺麗だよ。自分の顔を見られないように、自分の美しさや魅力は、自分じゃわかんないんだよ。あんたみたいに綺麗な子、どこにもいないんだから……

そんな月並みなはげましを心に刻もうとする彼を見て、わたしのほうが泣きそうになりました。

はげましが受け入れられると、人は救われます。
だれかにはげまされるより、はげましを受け入れられるほうが、あるいは勇気をもらえると知ったのでした。

* * *

翌週、髪をばっさり切ったA君が体育館に現れたとき、わたしはとっさにシューズの紐を結び直しにかかりました。

彼は体育館にあがると、まっすぐわたしのそばに来ました。

「たちばな、ねえ」

「なに? あ、すごい……いいじゃん」

「ちゃんと見て。どう?」

A君はわたしの正面に腰をおろし、頭を軽く振ってこちらをじっと見ました。
褒めてもらえることを予期していて、それを待ち望んでいる目で。

後にも先にも、正面きって誰かをこれほど綿密に褒めちぎったことはないってくらい、あらんかぎりの力をこめて褒めまくりました。

わたしの言葉を最後まで真剣に聞いた彼は、抱えた膝の上に頬をのせて「たちばな、だいすき」と微笑みました。

(以降、雑誌が発売されるたびに感想を伝えるのが習慣となりました。いつまで経ってももじもじ聞くA君がいじらしくて、こんなにピュアな子がモデルとして生きていけるのかと心配になるほどでした)

* * *

ことあるごとに綺麗だ綺麗だと言いつのる (わたしは息を吐くようにA君を褒めた) うち、それがB君に伝わったのか、ふたりそろって自然な好意を持つようになってくれました。

しまいには練習で顔を合わせるたび、ふたりが大声で「たちばなー、彼氏とセックスしてる?」「同棲ってえっちじゃんねー」「たちばなのえっちー」などとふざけてくるようになりました。

彼らなりのやりかたで「輪の内側」へ引き入れようとしてくれている。

それがしんそこ嬉しかったから、〈盾〉にかげぐちを叩かれようが、あからさまに無視されようが、痛くもかゆくもありませんでした。

 

あんたたちの関係がうらやましい。
酒の席でもらしたとき、ふたりは複雑そうな表情を浮かべました。

「関係? うーん、関係かぁ……」

B君が困ったように言いました。隣のA君は聞こえないふりをしている。褒めたつもりだったのに、どうしてこんな微妙な空気になるのかと思いました。

モデルと大学生とでは、生きる世界も悩みもかけ離れたものだっただろうと、いまならわかります。お互いに言えないこと、聞けないことが増えていったのも。

一緒にいるのは練習のときくらいで、つるむ時間も減った。最近はお互い忙しいし、ぜんぜん遊んでない。だから、関係っていうほどの関係でもない。

B君は言い訳するみたいに、そう説明しました。

「なんでよ。オレがいないと飢え死ぬとか抜かしてたくせに……」

なぜだか自分の言葉が、間違った方向にふたりを曲げてしまった気がして、あわてて修正を試みました。

このとき、A君がダイエットのために夕食を抜かすようになったこと、それにつれて一緒に過ごす時間がほとんどなくなったことを知りました。

絶対に失いたくないだれかを、いまにも失ってしまいそうな恐怖とは、彼らは無縁なのだろうと思いこんでいました。

でもそうじゃなかった。コートの内外で子犬みたいにじゃれ合いながらも、ふたりの関係性が変わりつつあるのを、お互いが認識しはじめていたのだと思います。

心配なんて何もなかったころには、もう戻れないと。

* * *

チームを辞めるとき、彼らのプリクラをシートごともらいました。

なんでオレらのプリクラを欲しがるんだよ。
からかい半分、とまどい半分でB君に聞かれたとき、わたしは

「あんたたちが好きだから」

と即答しました。

ふたりに、というより、彼らの関係性に恋をしていたのだと思います。
さわったら崩れそうな「なにか」を共有しつつ、それと気づかず失っていく切なさのようなものに。

あのとき、すなおに好きと言えてよかった。

なににより後悔の多いわたしが、このふたりに対して後悔がないのは、彼らがわたしの言葉を受け入れてくれたからだろうと思います。


十数年の夏、渋谷で撮られた、男の子ふたりのプリクラ。

ファンシーな色合いのマーブル模様を背に、ふたりがぴったりくっついて大笑いしています。
心配ごとなんて何もないみたいに。

いま見ても、感心しちゃうくらい、まばゆいふたり。

こんな関係性にある男の子たちを、わたしはそれまでに見たことがなかったし、これからも見ることはきっと、ない。