「メンバーの中にオレがいる」
ある新人アイドルグループのライブリハーサルに顔を出した夫から、意味不明なメッセージが届いた。
いわく、自分そっくりの男の子が、アイドルグループの中にいるという。
あつかましいにもほどがある。メッセージを無視していたら、画像らしきものまで送りつけてきた。わたしはそれを開きもせず、全部無視した。寝言にかまっているひまはない。
帰宅した夫から「見てくれた?」と言われても、なんの話だかすぐには思い出せなかった。
めんどくさくて無視したと言うと、相手は「なんでだよ」とスマホをさっと操作して、男の子の画像を突き出した。
びっくりした。心底びっくりした。
似てるどころか、20年前の夫だった。
事務所のお墨つき
聞くところによると、そのグループは新人ながら非常に人気が高く、SNSのハッシュタグで年間一位を獲ったとか獲らないとか、とにかくそういう知名度であるらしい (わたしはまったく知らなかった)。
さらにおどろいたことに、くだんのメンバーはグループ内でもっとも人気の高い男の子だという。
そうこうしているうちに、夫がメンバーのひとりに似ているという噂が、スタッフから制作の耳に入った。
制作は彼を見て「ほんとだ、似てる」と爆笑し、今度は事務所サイドに話が渡った。
最終的には事務所の人間と、グループのマネージャーから「似てる」とお墨つきをいただいてしまった。
似ていると言われれば言われるほど、夫はそのメンバーを気にせずにはおれなくなった。目で追っちゃうんだよね、と夫は恥ずかしそうに言った。
「マジでかわいい」
「なんか知らんけど、マジでかわいいんだよね……」
ついに夫から、信じがたいつぶやきがもれた。
いわく、とにかく元気で、真夜中でもキャッキャしている。初々しい。
「仲間うちでずっとしゃべってんだよ。よく疲れないなって感心する」
いっぽうで、その元気さ・まっすぐさを事務所にいいように使われてるんじゃないかという疑念も生まれたらしく、むちゃくちゃなスケジュールに「かわいそうになる」とため息をついていた。
「今のうちに取れるだけ取ってやろうっていうのがさ。しょうがないんだけど、見ててちょっと……」
そうして初々しさマックスのアイドルに肩入れしそうになっていた彼に、とどめが刺される事件が起こった。
本番2日前。演出の一部に修正が発生し、メンバーおよび全関係者が緊急招集された。
打ち合わせが一段落したのは深夜2時すぎ。疲れきった夫が「お先に」とその場を離れたとき、くだんの男の子がすっ飛んできた。
夫の前に立ち、何をするかと思えば、相手が頭をいきおいよく下げた。
「お疲れさまでした! よろしくお願いします!」
夫はびっくりした。こんな経験ははじめてである。眠気と疲労が一瞬で吹き飛んだ。
きらきらした目を見て、夫は「がんばりましょう」と言い、はからずもガッツポーズを見せた。
「思わずガッツポーズしちゃったよ」彼は照れ笑いして言った。「こんなの今だけだってわかってるけど、それでもさ……」
「今度一緒に写真を撮らせてください」という事務所が提示したプランはしかし、実現しなかった。夫が現場を離れたからだ。彼にしてはめずらしく、この話をしばらく残念がっていた。
相手と、共鳴する自分自身
それにしても自分に似ているというだけで、同性のアイドルに肩入れするなんてことが起こるものだろうか?
テレビに映るくだんのアイドルを、夫が「この子、この子」とはしゃいで指さす。アイドルにこれっぽっちも興味がない人間とはとても思えない。自分が映っているかのごときはしゃぎっぷりである。
かのアイドルが自分に似ても似つかなければ、夫は1ミリの興味も示さなかったはずである。共通点がまったくない、共感しようもない相手に入れ込んだりはしない。
つまり人は、「自分と似た要素に気づいた瞬間に共鳴する」「共鳴したとたん、さらに自分と似たところを無意識に探す」ようつくられているのかもしれない。
つい応援してしまう。どうかひどい目にあいませんようにと、つい祈ってしまう。そんな心の動きがあるのは、たとえそれが勘違いでも、自分の強さや弱さを相手のなかに見いだして、ある意味勝手に理解と共感を深めるからではないか。
もしそうなのだとしたら、相手を応援しているようで、実のところ自分自身も一緒に応援しているのかもしれない。