君は世界に一人だけ

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感じたことと考えたこと

夫の大ちゃん熱が、私を超えていく [後編]

このエントリは、前後編の2回に分けてお届けしている。
前編では、スーパードライ夫が夢見る少年化するまでの話を聞いていただいた。 

littleray.hatenablog.com

後編では「彼の熱量が私を超えた瞬間」の話をお送りしたい。

夫についてⅡ

その前に、彼の人となりついてもう少々説明したい。
他人の男になぞ興味ないわ、という方はすっ飛ばしていただいて問題ない。


〜 「夫」(ラップ編) 〜

東京生まれ 埼玉育ち
黒T着たやつ だいたい知り合い
見た目が若ぇ アラフォー男子
いつまで経っても ナメられる

はじめて買った DX7
スピーカーいるの? 嘘マジで?
売って買ったよ B500
TMの音なんか 出やしねぇ

15で打ち込み まわりはロック
音楽じゃねぇと 馬鹿にされ
ひとりで黙々 技術を磨いて
組んだバンドの パートはボーカル

感銘受けたぜ Digitalian is eating breakfast
尊敬してるぜ Michael Jackson
口ずさむのは LANDING TIMEMACHINE
ナンバーワンが 決められねぇ

大ちゃんのイメージ 「プロデューサー」
HIROのイメージ 「特にない」
accessのイメージ 「二人組」
DAにしか 興味ねぇ

〜 ラップ編:完 〜

 

彼は「我を忘れて何かを好きになる」タイプではなく、冷静に分析・研究するウルトラ理性派である。

信念をぜったいに曲げない頑固者。自分がこうと決めたことは、他人の意見を受け入れない。

涙を見たのはこの20年でいちどだけ。彼のシルバーハートは難攻不落の要塞である。

夢見る少年Ⅱ

「きょう、浅倉さんの動画見たよ」

なぜ、何でもない日に大ちゃんの動画を見てるのか。まるでファンみたいに。

いや、彼はきょう仕事もなく、世のゲームをすべてやりつくし、世のYouTube動画をすべて見終え、ひまでひまで身体に穴が空きそうだったのだ。そうでなければ大ちゃんの動画なんて見るわけない。

「QXで打ち込んでる映像。ちょっと古いんだけど」

そう前置きして、大ちゃんがいかに高速で打ち込んでいるかの説明をはじめた。

まことに申し訳ないのだけれど、私は大ちゃんのテクニカルな話にとんと興味がない。
でも興味ない、なんて野暮は言わない。にこにこと聞いてあげる。

大ちゃんを手放しで賛美している。高校生みたいに目がキラキラしている。今日からボク打ち込みはじめます、などと言い出しかねない目である。

 


それにしても彼は気づいているのだろうか。

 


さっきから自分が、「浅倉さん」呼びになっていると。

 


「やっぱりあのひとすごいよ。知ってたけど。あらためて思った」

手のひら返しもここまでくるとあっぱれである。思わず感心してしまう。

それよりも、さっきからめちゃくちゃ気になっていることを聞いてみた。

「ねえ、なんでいきなり『浅倉さん』なわけ」

 


彼が一瞬押し黙った。その表情を見て、私も黙った。

 


「別に……大ちゃんは浅倉さんじゃん。いいじゃんどっちだって……」

 


こんなことが通常、起こりうるものだろうか。

ずっと「大ちゃん」呼びだったのが、本人も気づかないうちに「浅倉さん」呼びになるなんてことが。

 

ここで補足したい。

彼の場合、仕事で絡んだ相手は呼称が「さん」、もしくは「くん」に変わる。

つまり「相手との関係性に変化が生じた場合」にのみ、この現象が起こる。

彼の中で、大ちゃんとの関係性がいったいどう変化したのか。「ローディーでいいから行ってみたい」などと寝言を抜かしていたが、万が一行ったつもりになっていたとしたら相当あぶない。想像妊娠ならぬ、想像ローディーである。

あるいはほんの一瞬、中学生だか高校生に戻ってしまったのかもしれない。

なんて純粋なんだろうと思う。ウルトラスーパードライなくせして、そんな純粋性をいまだ内部に隠し持っていたなんて。


なおこの事件以降、彼から「浅倉さん」呼びは消えた。
突っ込むんじゃなかった。

そして日常へ

浅倉さん事件の翌日。

「きょう、SY77の説明動画見たんだけど」

やっと大ちゃんから離れた。私は少しほっとした。

半アンチのにわか男に、真性ファンである私の熱量を超えられてはたまったものではない。ブログなど閉鎖ものである。

それにしても、古代シンセの説明動画をなんで今ごろ見てるんだろう。よほどひまと見える。風呂掃除でもしろと言いたい。

「説明がすごい分かりやすくてさ。オレ、当時これ聞いてたらSY77買っちゃってたかも」

そしてSY77の説明をはじめる。その知識ぜんぜんいらないけど、聞いてあげる。つくづくいい嫁である。いい嫁アワードに選出されてしかるべきだ。

へえ、なるほどね。で会話は終了した。と思っていた。

彼は最後、言い訳するように言い添えた。

 


「まあ、大ちゃんの説明だから。分かりやすいよね」

 

またいつか

ひとつわかったことがある。

彼は大ちゃんの音ではなく、シンセヒーローとしての大ちゃんに惚れているのだ。

オレ、プライドなんかないよと彼は言う。
妙ちくりんなプライドが育っていたら、大ちゃんを「すごい」とは認められなかったかもしれない。私にだって黙っていただろう。

自分の感性に不正直であるくらいなら、夢見る少年のほうがずっといい。

彼が純粋で、素直な男だったと大ちゃんに教えてもらった気がする。

* * *

夫の大ちゃんにたいする熱量は、現段階においてのみ私を超えている。

一時期の奇跡であったにせよ、彼がじわじわと大ちゃんに傾倒していくようすを間近に観察できたのは楽しかった。

彼はウルトラスーパーハイパードライな男だ。大ちゃんにたいする熱は、ゆるやかに下降していくかもしれない。
でも、それはそれでかまわない。今の微熱ができるだけ長く続くのを祈るばかりである。

またいつか、彼について書けるといいな。

夫話にお付き合いいただき、ありがとうございました!


〈いったん 完〉