近ごろ夫が妙に大ちゃんの話をしてくる。
まずもって大ちゃんのインタビュー記事を送ってくるあたりでどうかしている。
この20年、彼から大ちゃんの「だ」の字もきいたことがなかった。
accessに出戻った嫁にちょっと感化されたのだろう。
ファンの私としては大変嬉しいかぎりだ。
ただ、身近にaccessの芽があるというのも、これはこれでもどかしい。
たしかに「日常的にaccessを語れる」のは相当ありがたい状況だ。道行く一般男性を呼びとめて「今日大ちゃんがさあ」と語りだしてもおそらくスルーされる (いろんな意味で)。
しかし人間は強欲にできている。
accessを語るのが当たり前になると、今度は何を望むようになるだろう?
そう、共感してほしいと願うようになる。
現時点での夫のaccessの芽は以下のようなものだ。
- ランディングタイムマシンからCDを発売初日に買っていた古参 (?)
- accessをいまだにキラキラ王子様だと思いこんでいた乙女
(ヒロの下ネタ発言により彼のaccess像が崩れ去った話はこちら) - 「当時」以外認めようとしないシルバーハート
しかし彼にどのくらいaccessの知識があるのか、どのくらい思い入れがあるのかまでは知らない。
と思っていたら先日、夫の語りをきくことができた。
ファンでもないのに、古参みたいな発言をくりだす彼との会話は楽しかった。
以下は彼とのやりとりの一部である。
1. 夫、大ちゃんを語る
ある日の深夜、私は眠くて気が遠くなりそうだった。
布団にもぐりこみ、隣でスマホをいじくっていた夫に小さく「み」と言った。おやすみも言えないほど眠かったのである。
そんな私に、彼がふと「ねえ、大ちゃんのインタビュー読んだ?」と話しかけてきた。
「あぁ……いや……まだ」私は今にも寝落ちしそうだった。
「あの記事さあ、けっこう中身が濃くて読み応えあったよ」
「へぇ……」
ここから唐突に、夫の大ちゃん語りがはじまった。
「大ちゃんが高校生の時に…… (私の心:えっ、生い立ちから……?) ヤマハのうんたらでかんたらで……小室さんがうんたら…… (眠い……)」
眠くてしょうがない。話のほとんどをききとれない。それでも私は彼に「うん……うん……へぇ……」と必死にあいづちを返す。
彼から大ちゃんの話をきくのが純粋に嬉しかった。大ちゃんについて、夫が私と語ろうとしている。この火を消してはならない。
「……っていうことらしいよ」
10分か20分、ひとしきり話しおえた夫はちょっと満足そうだった。嫁がクソ眠そうなのも気づかないほどに。
「へえ、そう……」
話の中身がぜんぜんわからないからコメントできない。でもせっかく大ちゃんについて語っている流れを断ち切りたくない。私はさりげなく話をかえた。
「そういえば、あなた大ちゃん初めて見たの、いつだっけ」
「EOSのイベント。黒髪で刈り上げのテクノカットだった。たしか90年くらい」
私ははからずもここで吹き出してしまった。刈り上げ。大ちゃんが。
「大ちゃんといえば、俺は《EOSのお兄さん》をまず思い出すね」
いや古すぎるだろ、とはあえて言わない。
ここで突然、夫が何かの曲を口ずさみ始めた。しばらくして分かりやすいフレーズが出てくるまで、それがランディングタイムマシンだとまったく気づかなかった。
もうこのあたりから眠気が吹っ飛んでしまった。
「あのさ、なんで歌えるの? おかしくない? そんなのいきなりピッて歌えるもんなの?」
「だって何回もきいたもん。ランディングタイムマシンは名曲だよ。大ちゃんワールド全開って感じで俺は好き」
これだけのポテンシャルを秘めながら、大ちゃんファンでないなんてもったいないにもほどがある。
夫は大ちゃんのルックスには興味がないため、特段かわいいとも思っていない。「大ちゃんってどんなイメージ?」ときいたら「大ちゃんは大ちゃん」という哲学的な答えがかえってきた。
2. 「リシンクスタイルね」
「ディートリックの印象は?」「最初accessを見たときどう思った?」などと短いインタビューをしていくうち、私はだんだん楽しくなってきた。
「あれも買ったの? 三部作のリミックスアルバム」
「リシンクスタイルね」
彼は食い気味に訂正した。
「買ったよ、当然。ああいうのにこそセンスが出るけど、全部よくできてる。俺はオリジナルよりむしろリシンクスタイルのほうが好きかな」
「三部作のコンセプトを知らなかったんだよね?」
「知らなかった。聞いたこともなかったし」
「はじめてアリーナスタイルの映像みてどう思った?」
「別に何とも。そういう演出なのねって感じ」
三部作の演出についてのみ、夫婦間で南極と赤道直下ほどの温度差があるようだ。
「エレクトロマンサーはきいたの?」
「きいたよ。でもあれね、コンセプトが壮大すぎて万人には理解できないと思う。ちょっとやるのが早かったね」
お前だれだよ、と言いかけてやめる。
3. アイスマン <<<< ヒロのソロ
「アイスマンとかはきかなかったの?」
「そういえばCD買わなかったな。なんでだろう、覚えてない」
「ちょっと待って」私はついに上半身を起こして言った。「あなたさ、ヒロのソロ買ってたよね」
「買ったよ」
彼が歌い出した『目を覚ませ』を無視して私は続けた。もう目は覚めとるわ。
「じゃあアイスマンはきかないのに、ヒロのソロはきいてたってこと?」
「そうなるね」
理解できない。だって彼は《大ちゃんの音を研究するため》に大ちゃんの曲をきいていたのだ。ヒロは関係ないじゃないか。
「なんでヒロのCD買ったの?」
「ききたいCDは買うものでしょ」当たり前みたいに彼は言った。「アクセスやめたヒロがどんな音楽やるか、純粋に興味あるじゃん。俺、ヒロのソロ好きだったよ。あれだけの方向転換するのは相当勇気がいったと思う。俺は面白いことやってるなって思ってたよ」
ヒロに聞かせたくなるような台詞をあっさりと言う。
彼がヒロのファンでないのが残念でならない。
4. 「当時の初々しさを忘れてほしくない」
「だからね、俺は、ああいうことをヒロには言ってほしくないわけ。わかる?」
「ああいうことって……下ネタ?」
ヒロは下ネタを言う。そんなキャラだと知らなかった乙女な彼はちょっぴり傷ついちゃったんである。
「俺はね、ふたりに当時のキラキラした……なんていうの、初々しさみたいなものを、忘れてほしくないんだよ」
「(ういういしさ……?) いや、だって、ヒロは昔もわりと言ってたよ、ラジオとかで」
「だから俺知らないもん、そんなの。俺が言ってるのはそういうことじゃない。ファンだってさ、そんないっつもキノコキノコ言われたら嫌になるよ。よくないよ絶対」
「言っとくけどいっつもキノコ言ってるわけじゃないから」私はいちおう訂正する。「むしろみんな喜んでると思うけど」
彼は首をふる。何もわかってない、というふうに。
「下ネタっていうのは、若い子が言うから『かわいい〜』ってなるんだよ。だってヒロはイケメンで腹が出てないだけのおっさんだよ?」
「あんたむしろ褒めてるで」
下ネタに対する夫の不満が止まらない。
「いいよ、ヒロが下ネタを言うのはもうしょうがない。でも大ちゃんまで乗っかってどうすんの。あのひとが止めないで、いったい誰がヒロを止めんのよ」
「それはたしかに」
私は認めた。大ちゃんが止めないでどうする。
「たとえばヒロがしょうもない下ネタ言うでしょ。そしたら大ちゃんが呆れて『もうさ、そんなコト言うのやめなよ』って言うの。でヒロがちょっとシュンってなる。そこに大ちゃんが『でもそういうヒロが……』みたいな優しい言葉をかけたら客席、キャー!!だよ」
「それはそれで最高です」
「とにかく俺は、大ちゃんには下ネタ言ってほしくない。イメージが崩れる」
あんた大ちゃんにどんなイメージを持ってるんだと言いかけてやめる。夫が乙女であるに越したことはない。
5. だけどね 今にね
夫はaccessファンではない。
むしろいまだに当時に固執する、思考停止型シルバーハート野郎である。かつての私よりもずっと強固な意志で、みずからすすんで過去に固執している (この点について我々は感情的な衝突もあった)。
私は彼に共感してもらいたいと願っている。
できることなら彼と一緒に橋を渡りたい。
「ファンになる」というのは簡単なようで、とてもむずかしい。元ファンの私でさえ出戻るのは簡単でなかった。シルバーハート野郎ならなおさらである。
ときどきこうして、一緒にキャッキャできるだけで良しとしよう。
今はね。
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